経済は良好。イスラム教徒がヨーロッパを動かすことになる。


経済は良好。イスラム教徒がヨーロッパを動かすことになる。

投稿:2021/07/12

予想:2043/01/01 〜 2043/12/31

2043年、経済は良好。イスラム教徒がヨーロッパを動かすことになる。

勝手に広げて妄想、感想

ピュー研究センターの予測では「世界の宗教別人口は2070年にはイスラム教徒とキリスト教徒がほぼ同数、2100年になるとイスラム教徒が世界最大の勢力となる。」のだそうです。

現在キリスト教、カトリック、プロテスタント共に教徒は減少しているのですが、その原因は若年層への継承にあるとされています。親世代は毎週教会へ向かうが若年層になるとキリスト教の成人式である洗礼や、結婚式以外で教会へは足を運ばない(無宗教になりつつある)といった人が多くなってきている。
そういった理由で、新規キリスト教へ流入者数と減少数の均衡が取れず年を追う毎に減少傾向なのだそうです。

その反面、イスラム教であるイスリム(イスラム教徒)の増加は、出生率と子への高い継承率にあります。イスリムの子はイスラム教をしっかり継承する傾向があり、イスリム人口増加傾向も他と比べ高く、2010年にはヨーロッパの人口の内3.8%、2016年には4.9%と増えてきています。(2050年には7.4%にまで増加する予想となっている。)

ピュー研究センターの予測もあり、ヴァンガの「イスラム教徒がヨーロッパを動かす」という予言も2043年頃には現実に起こり得そうです。また、「経済良好」は、預言者の言葉には珍しく、オカルトの予言というのは脅したてる事件や事故が主流ではある中の朗報。

余談

信教の自由
現在は西欧では教会権力からの自由を求める帰結として確立。国際規約、世界人権宣言、日本では日本国憲法によって規定され、規約や法によって人々から「信じる自由と信じない自由」が守られる様になっています。

政治と宗教が密接に関わった事から、人を動かす道具として信仰を使う、また逆も然り、という事もあったのでしょう。キリスト教社会を脅かす悪魔崇拝者(魔女)の疑いがあれば、迫害を受け殺害される事も珍しくなかった。そういった時代が数百年もの間存在していたのも、その時代の生活においてキリスト教は非常に大きな存在であり、大きすぎるが故、根本的に大事な物が見えなくなっていた人が多かったのではないでしょうか。
本当に人間として正しいのか、後悔はしないか、を考えてはいたものの、同キリスト教徒の目もあり信仰心というメンツを保つという名目は無くは無かったと思われます。

宗教とは過去の人間が数百年かけて作り上げた故、憲法同様時代に合わせてアップデートする必要があるのは事実、人間の普遍的な美学、理想も織り込まれている事が多い。何も知らずに無宗教ではなく、いくつかの宗教の理(ことわり)を色眼鏡なく個人で解釈した上、「自分らしさ、人間らしさとは何か」を考え、自分だけのオリジナル(宗教、哲学)を作っても良いのではないかと考えている。(自分宗教と気づかずそうなっている人の方が多いかもしれませんが。)

免罪符
宗教関連で・・・、「免罪符」という言葉について書いてみたいと思います。

過去、カトリックでは悪い事をしたとしても免罪符(お金)で解決ですが、これは教会の集金が目的とされています。
ただ、「免罪符を購入した事で気持ち的に償った」と少なからず罪の意識が軽減されている人も居たでしょう。

本来、本当に罪を感じた事をしたのであれば、あるかどうか分からない天国への切符を教会で購入するのではなく、被害にあった人達、または今後類似した事故が起こらない様、自身に何ができるか考え行動するべきです。
当時の被害者が加害者に対し「免罪符を買え」と言ったとしたら、その時初めて免罪符は「免罪符として機能」するものでしょう。

免罪符は自分が助かりたいという意図で購入するものではなく、被害者へ直接償えず、できる限りの気持ちとして行動に移した結果であれば分からなくもないが、、、
免罪符、その言葉の意味を考えると「人間の身勝手さ」が露骨に表現されている気がします。なにか事を起こし罪悪感を感じたのならば、己自身の行動や、身の振る舞いの反省と改善、そして被害者への償いであり、カトリック教へのお布施や贖罪では誰も救えていない。
罪を犯したとしてもお金でチャラにして天国へ行く、なんと業の深い思考でしょうか。

免罪符を購入する教徒にこそ「免罪符の免罪符」が必要なのではないかとも思います。(え?)

現代では売買は禁止されているが、発行は続いているそうです。
当時の倫理観もあったでしょうが、ドラキュラや魔女が信じられていた時代、何が正しいか現代の人とは若干違っていてもおかしくないかもしれません。

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